【ぬり絵公開⑥・⑦】オリジナル紙芝居「十朋亭とふたりの志士」
毎月更新!
令和4年3月6日に初上演された十朋亭維新館オリジナル紙芝居
「十朋亭とふたりの志士」。
毎月、紙芝居の原画を「ぬり絵」として公開いたします。(全12枚)
今回は7・8月分をまとめて2枚公開します。
ご自宅のプリンター等で出力し、ぬり絵をお楽しみください。
[画像の保存方法]
- 画像にカーソルを合わせて右クリック
- 「名前を付けて画像を保存」を選択
- 保存した画像データを開き、印刷メニューからプリント
「長州ファイブ、見参!」
左から…
●山尾庸三・・・山口市秋穂二島出身、近代日本工学の父・盲聾唖教育の発展に尽力。
「あ、これは手話で“ありがとう”と言っています、チョップではないです…」
●遠藤勤助・・・萩市出身、造幣の父。大阪造幣局の「桜の通り抜け」を発案。
「ウフフ♪ふっくらがまぐち財布に自慢の小銭がじゃらじゃら♪」
●井上馨・・・山口市湯田出身、新政府の要職を歴任。“井上料理”と称される独創的な手料理は振舞われた者が色んな意味で震えたそう。
→「“たくあん”は絶品じゃぞ、皇太子(後の大正天皇)もお気に召したんじゃ。えっへん!」
●伊藤博文・・・萩市出身、初代内閣総理大臣。松下村塾生時代、吉田松陰から「周旋家になりそう」と評されるなど、人懐っこい性格だったそう。
→「お茶目で明るい僕ならこういうポーズも嫌味がないじゃろっ♡」
●井上勝・・・萩市出身、日本の鉄道の父。東京駅・丸の内駅前広場に銅像がある。同じ姓だが井上馨とは別の家。
→「機関車!機関車ァァ!!!フゥゥ――!!超カッケー!!!」
「急遽、帰還!」
1864年、四ケ国連合艦隊(イギリス、アメリカ、フランス、オランダ)が前年の攘夷実行に対する報復のため下関を攻撃する、という情報を得た伊藤博文・井上馨は急遽イギリスから帰国しました。
洋装のままでは怪しまれる上に、藩庁で藩主に謁見する事もできないので、上陸した富海(防府市)の志士・入江石泉に頼んで、和服に着替え刀を持ち、山口へ向かいました。