やまぐち街歩き案内

  1. 赤妻神社
    (錦小路頼徳の墓・広沢真臣の墓)

    画像:錦小路頼徳の墓

    八月十八日の政変で京都から落ちのびてきた七卿の一人・錦小路頼徳を祀った神社です。境内には、明治新政府で重役を担った広沢真臣の墓(分霊塔)もあります。

  2. 朝倉八幡宮
    (四卿歌碑)

    画像:朝倉八幡宮

    貞観元年(859)に創建された神社で、七卿落ちで山口に下っていた三条実美らが尊皇攘夷祈願のため度々参拝しました。境内には四卿の歌碑があります。

  3. 木戸神社

    画像:木戸神社

    木戸孝允は、糸米村にある自分の邸宅と山林を村へ寄付し、村民の学資に充てるよう遺言しました。村民は孝允の没後、遺徳に報いるため祠と「木戸公恩徳碑」を立て神霊をまつりました。

  4. 周布政之助碑

    画像:周布政之助彰忠碑

    周布政之助は長州藩の重臣で、吉田松陰や高杉晋作ら志士を庇護し、大村益次郎を藩士に登用して兵制改革を行わせるなど、維新への下地を作りました。碑の近くの墓地に墓(麻田公輔)があります。

  5. 井上公園
    (井上馨生誕地・七卿遺跡碑・何遠亭跡)

    画像:井上馨銅像

    八月十八日の政変で京都から落ち延びた七卿の中心人物・三条実美が起居した何遠亭がありました。ここは井上馨が生まれた地でもあり、公園内には七卿遺跡碑もあります。

  6. 中原中也記念館

    画像:中原中也記念館

    「汚れつちまつた悲しみに......」「サーカス」などの詩で知られる山口市出身の抒情詩人・中原中也の生家跡に建つ記念館です。建物は公共建築百選に選ばれました。

  7. 石州街道

    画像:石州街道

    山口から石見へ通じる石州街道は、小郡の津市から石見国境の阿東野坂まで、約50kmの道程です。沿道には幕末維新の史跡が多くあります。

  8. 井上馨遭難碑

    画像:井上馨遭難碑

    元治元年(1864)、御前会議で武備恭順を主張した革新派の井上馨が、当夜の帰り道この付近で対立する保守派数名に襲われ重傷を負いました。大正6年(1917)に碑が建立されました。

  9. 山口情報芸術センター
    (YCAM)

    画像:山口情報芸術センター

    通称「YCAM(ワイカム)」として市民に親しまれているアートセンターで、展示空間のほか、映画館、図書館、ワークショップスペースなどがあり、多彩なイベントを開催しています。

  10. 長寿寺
    (鴻城軍屯所跡)

    画像:長寿寺

    鴻城軍は、太田市之進(御堀耕助)らが山口で同志を募り、井上馨を総督とした隊です。兵員の増加から別の場所へ転営するまで、長寿寺を本部にしていました。

  11. 枕流亭跡碑

    画像:枕流亭

    倒幕に向けた薩長の会談が行われた脇本陣・安部家の離れ枕流亭があった場所です。建物は香山公園内に移築されています。

  12. 萩往還

    画像:萩往還

    日本海側の城下町萩から、山口を経由し、瀬戸内海側の防府三田尻までを結ぶ全長53kmの街道です。毛利氏の参勤交代の道として整備され幕末には志士達が行き交いました。

  13. 赤禰武人碑

    画像:赤禰武人碑

    赤禰武人は3代目奇兵隊総督となり下関戦争を戦った志士です。その後、藩内対立の融和に奔走しますが、その行為が裏切りとみなされ、この近くで斬首されました。

  14. 普門寺
    (大村益次郎塾跡)

    画像:大村益次郎塾跡

    大村益次郎は藩の軍制改革を行い、幕長(四境)戦争を勝利に導いた人物です。一時、宿舎としていた普門寺でも兵学を教えており、普門寺塾と呼ばれました。

  15. 亀山公園
    (毛利敬親像)

    画像:毛利敬親像

    山口の市街地にある都市公園です。明治維新における長州藩の功績顕彰の場として、明治33年(1900)に開園しました。山頂には毛利敬親公の銅像があり、市街を一望できます。

  16. 山口サビエル記念聖堂

    画像:山口サビエル記念聖堂

    宣教師フランシスコ=サビエルの来訪400年を記念し、昭和26 年(1951)に建てられました。当初の聖堂は焼失しましたが、平成10年(1998)に今の聖堂が建てられました。

  17. 山口県立美術館
    (山口明倫館文学寮跡)

    画像:山口県立美術館

    山口県立美術館は、郷土色豊かな美術館として、昭和54年(1979)に開館しました。魅力的な展覧会、企画展、コレクション展等を開催する、親しみやすい文化施設です。

  18. 山口御茶屋跡

    画像:御茶屋橋

    御茶屋は「藩の公館」のことで、萩往還沿いには佐々並・山口・三田尻の3 ヶ所に置かれていました。山口御屋形(山口城)が完成するまではここに政事堂を置き、藩政を行いました。

  19. 山口講堂(山口講習堂)跡

    画像:山口講堂碑

    文化年間(1804‒1818)に藩士・上田鳳陽が創設した「山口講堂」という私学の跡地で、鳳陽を建学の祖とする山口大学が設置した石碑があります。

  20. C・S赤れんが
    (山口明倫館兵学寮跡)

    画像:C・S赤れんが

    幕末の藩校「山口明倫館(兵学寮)」があった場所です。現在は、県立山口図書館の書庫を再生した文化施設C・S赤レンガ(国登録有形文化財)があります。

  21. 山口市歴史民俗資料館

    画像:山口市歴史民俗資料館

    山口市の歴史・民俗・考古に関する資料を収蔵し、展示等を行う文化施設として、昭和56 年(1981)に開館しました。

  22. 山口大神宮

    画像:山口大神宮

    室町時代に領主の大内氏が、伊勢神宮の分霊を勧請して創建しました。「西のお伊勢さま」と呼ばれ、多くの参拝者が訪れています。

  23. 高嶺城跡

    画像:高嶺城跡

    戦国時代に大内氏が築き、その後に毛利氏が江戸時代の初めまで使用した山城です。近年大内氏館跡とともに「続日本100名城」に選ばれました。

  24. 旧山口藩庁門
    (山口御屋形跡)

    画像:旧山口藩庁門

    山口御屋形(山口城)は、山口で藩政を行うために築いた城です。版籍奉還後は山口藩庁が、その後は山口県庁がここに置かれています。今は藩庁時代の表門(明治3年竣工)が残されています。

  25. 山口県旧県庁舎及び県会議事堂
    (山口県政資料館)

    画像:旧県会議事堂

    後期ルネサンス様式を基調とした大正時代を代表する洋風建築として、重要文化財に指定されています。現在は県政資料館、議会資料館として公開されています。

  26. 洞春寺
    (武器貯蔵所・毛利敬親仮寓所・井上馨の墓)

    画像:井上馨の墓

    今の洞春寺は、幕末の頃は常栄寺といい毛利隆元の菩提寺でした。山口移鎮後は藩の武器貯蔵所となり、維新後はこの地に毛利敬親が仮住いしました。井上馨の墓も、ここにあります。

  27. 露山堂

    画像:露山堂

    もとは山口御屋形内にあった茶室で、幕末には茶事に托して密議が行われました。その後、品川弥二郎が有志に出資を募ってこの地に移しました。

  28. 枕流亭

    画像:枕流亭

    慶応3年(1867)、この建物の2階で、薩摩藩の小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通らと、長州藩の木戸孝允・広沢真臣らとの間で、会合が行われました。

  29. 毛利家墓所

    画像:毛利家墓所

    長州藩13代藩主・毛利敬親夫妻、元徳(敬親の養子)夫妻、元昭(元徳の子)夫妻の墓があります。墓所の参道脇には、敬親公の偉勲を伝える勅撰銅碑もあります。

  30. 瑠璃光寺五重塔

    画像:瑠璃光寺五重塔

    大内盛見が、応永の乱で戦死した兄・義弘の菩提を弔うため、嘉吉2年(1442)に建立しました。優美な檜皮葺の屋根で、国宝に指定されています。

  31. 錦の御旗製作所跡

    画像:錦の御旗製作所跡

    戊辰戦争の時、官軍の陣頭に立てられた錦の御旗を製作した場所です。当時はここに藩の養蚕所がありました。

  32. 山口ふるさと伝承総合センター

    画像:山口ふるさと伝承総合センター

    明治期の造り酒屋を保存整備した文化伝承施設で、ゲンジボタルの人工飼育の紹介や大内塗、山口萩焼などを展示しています。建物は国登録有形文化財です。

  33. 十朋亭維新館
    (十朋亭、杉私塾、萬代家主屋)

    画像:十朋亭維新館

    十朋亭は、幕末維新期に藩士の宿泊所のひとつとなり、周布政之助、久坂玄瑞、高杉晋作、木戸孝允など多くの志士たちが出入りしました。敷地内には吉田松陰の兄・杉民治が開いたとされる杉私塾の建物もあります。

  34. 築山神社・八坂神社

    画像:八坂神社本殿

    築山神社の建物は、市指定有形文化財で大内氏の氏寺「興隆寺」にあった東照宮の社殿と伝えられ、明治時代に現在地に移築されました。隣には幕末に移築された重要文化財八坂神社があり、毎年7月20日から、例祭である山口祇園祭が行われます。

  35. 龍福寺
    (大内氏館跡)

    画像:龍福寺本堂

    ここは室町時代に領主大内氏の館があり、大内氏滅亡後は大内義隆の菩提寺龍福寺が建立されました。境内周辺には発掘調査で見つかった館の庭園や門等が再現されています。

  36. 山口市菜香亭
    (野田御殿跡)

    画像:山口市菜香亭

    山口市菜香亭は、明治10年(1877)から120年近く営業した料亭「菜香亭」を移築復元した文化施設です。また、かつてこの地には、毛利敬親の隠居のために建てられた屋敷、野田御殿がありました。

  37. 野田神社・豊栄神社

    画像:野田神社

    野田神社は毛利敬親・毛利元徳を祭神とする神社で、現在の社殿は明治19年(1886)に造営されました。隣には毛利元就を祭神とする豊栄神社もあります。

  38. 今八幡宮

    画像:今八幡宮

    文亀3年(1503)に、大内氏が今の社殿を建立しました。楼拝殿造りという山口地方独特の建築様式で、重要文化財に指定されています。

  39. サビエル公園

    画像:サビエル公園

    サビエルが領主大内氏の許可を得て教会「大道寺」を開いた場所として「山口古図」に記されていたことから、大正時代に記念公園として整備されました。

  40. 常栄寺
    (雪舟庭)

    画像:常栄寺庭園

    ここは大内教弘の正室の菩提寺があった場所です。本堂北側に広がる庭園は、教弘の子・政弘が雪舟に命じて築かせたと伝えられ「雪舟庭」と呼ばれています。

  41. 古熊神社

    画像:古熊神社

    文中2年(1373)に大内弘世が、京都の北野天神を勧請して山口北野小路に祀ったのが始まりです。本殿は元和4年(1618)に現在地に移築されたもので、構造や装飾から建立は室町時代と考えられています。拝殿及び本殿が重要文化財に指定されています。

  42. 築山跡史跡公園

    画像:築山跡史跡公園

    一帯は、室町時代に「築山殿」と称された大内教弘の居館があったとされ、「大内氏館跡」とともに、大内氏遺跡「築山跡」として国史跡に指定されており、史跡を保存・活用する目的で公園として整備されています。

案内マップ